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2013年 04月 29日 ( 1 )

桂洋二郎氏  ありがとう (ひとりごと)

top'sという有名なケーキ top's オーナー 桂洋二郎。


相談役。と言われていたので なんでも相談に乗ってくれる人。 だと当時そう思っていた20代の私

なので 何かある度 相談や意見を言ったりしていた。

相談内容は 毎回 本物の民芸を私に譲れ!という相談で
今も忘れない 1枚のタイル 船木という方の焼き物 (ガレナ釉)を手に入れたかった。
(わっはははっ。と笑い それは駄目だね)と言われるばかりだった

次に目をつけたのが芹澤啓介。 これも無理だった

そして次に 濱田庄司の大皿だった。
沢山 所有していたので これはいける!と思い  笑って終わり。

相談役なんでしょ!! 私にとってなんの相談にもならないじゃん!!と いう私

じゃー私 イギリスに行ってきますよ。 後になって私が手に入れた品を欲しがっても譲らないからね!っと
バーナードリーチの窯へ行こう。と決意!!

結果 相談役は相談にのるはずが両親に電話で(中止するように)と・・・

(桂氏が急死した後 イングランド1人旅で何点か手に入れられたが
  盛り上がれる友が旅立ち 淋しい思いにかられた・・・)

悔しいから フランスへ行ってみてやる!と エミールガレの話に花が咲き
いつか エミールガレを手にいれてやるぞ!!と燃えていた20代 

その後 心優しき イギリス人 骨董屋さんは希望の工房ではなかったが
私の熱き思いを受け止めて 手にする事ができた  


知らない。というのは ある意味よい。 しかし 知らない。というのは ある意味 恐ろしい。

相談しても役にたたないのは いんちき占い師だ!と言ってみたり

桂氏の愛犬 デンの写真を観て (さすが!飼い主に似ている!)と言って
同席していた獣医さんが なにか慌ててフォローをしていた。何故に?

デンは可愛かった。確か グレートデンという犬種だったか?
桂氏が亡くなってしまった 後  誰かに グレートデンの輸入者は桂氏だったと聞いた 

桂 相談役は私の相談には一切乗らなかったが 
歳が どんなに離れていても私の意見や考えをとても良く理解してくれ 話を聞いてくれた。

 心が広く 豊かで 本物を知り 責任感や有言実行し 
人を大切にし 愛情深く 会社の社員も大切にしていた 凄い男であった。


桂氏と話をする度 私には興味がなかった結婚の話を盛んにし
食事会という名の席には お見合いまで 密かにしていた 
(結婚に興味がない!けど私は棟方志向の奥様みたいになりたい)と言ったら 怒られた
その訳は 桂氏が棟方志向と仲が良かったからだろう


よく言い合い 喧嘩もした。 けれど心の器が広い人だったので
優しく私に問いかけてくれたりもした。
とっても可愛いがってくれた

箱根が好きなんだ。と言っては 一緒に行った
アメ車に乗って 私はさんかんに歌を歌っていた それが楽しいと言ってくれ 調子にのって歌ってた
箱根プリンスへ行くから。と突然言われる度 私は自分の服装にゲンナリし
(1人で行って来てくだされ わたしゃ 車と遊んでいるから)が口癖だった
旧車が好きな私にとって 独り占めの時間を過ごせた 喜び 時々壊したりもしちゃった・・・
そして
私には私なりの服装にポリシーなんぞ もっていた。足元はいつもビルケンだった。

ある日 銀座に用事があるから付き合って欲しいと  付き合ってみたら
カネマツという靴屋さんについた。
椅子に座るように指示をされたので ボーッと座っていたら
私の足のサイズを丁寧に測っている店員さん・・・ 
数日たつと自宅に靴が届いた。 

桂氏は私にいつも言う言葉がある まるで口癖のように・・
(マイフェア―レディーという映画を観なさい。)
(君をマイフェア―レディーに育てなければならないのだ!)と意味不明な事をよく言っていた。
どんな映画なのか友人に聞いて 私は1人 怒っていた。
マイフェア―レディーなんぞ 興味ない。 私は私だと。

桂氏が亡くなってしまった後
マイフェア―レディーの映画を観て  私は1人笑っては泣いた。

桂氏が私に伝えたかった事を言葉にする度 私は1人カンカンに怒っていたが
映画をみて 私の話す 書く 日本語や文章が おかしい事になっている。と気が付いたが 癖は直らない
素直に言う事を聞いて 映画を観て 桂氏に従っていたら 少しはまともになっていただろうと後悔もした
 後の祭りだ。

やんちゃな私は今も変わらず 私となっている。

ある時 棟方志向の話で盛り上がって
どれくらい絵を持っているのか? どこにあるのか聞いてみた。
答えは個人情報なので 書けないけれど 予想をはるかに超えていた。

(なによ!作家が泣くよ!!何考えてんのよ!!サッサと 作品を世にみせてあげなきゃダメだよ!!)と
文句を言った。 本当にそう思ったからだ。 

すると ハッ!とした顔をしながら 作品の事を話 また話合いをし

男は有言実行なんだよ! それが男の中の男だ!! とか訳のわからない事を言ってのけた私

数日 桂氏は ニコニコしながら 私に手招きをする。 
(観てこらんなさい。 男の約束だから。皆 頑張ってくれている)と喜んでいた。
会社に大物の作品を飾る為 大工事をしていた。  

よーくみてみると  箱と作品の大きさが違うので どうしてなのか聞いてみたら
展示するスペースに箱が入らないから 切った。と言う   なんという大胆さ?!!

また私は1人で怒って (切る前になんで私に相談してくれないわけ?箱を横に置けば良かったのに)と
いいんだ。いいんだ。と笑って ニコニコしていた。

いつも私は考えて思った事をハッキリと言う 指摘も意見も遠慮なく言っていた。
そんな私の話をよく聞いてくれ 色々教えてくれたり  付き合ってくれた

凄い男 凄い人。だと 今も変わらず そう思っている。

いつか 僕が墓に入ったら 結婚相手の方と来てくれよ 墓に。と言っていた
それに対して 私は馬鹿な事をいうんじゃないよ! 墓なんかまだ先なんだから・・・と話をしていた
数か月後 急死してしまった。

私の喜びや幸せ 興奮と興味 好奇心が 一気になくなった  悲しく悔しい思いでいっぱいだった
仕事に手もつかず 働いていた会社を辞める事にした
その事に 心を寄せ触れ合ってくれた上司は(供養の為に残れないのかな)と小さな声で言っていた

私が好きだった(絶対信頼)上司でもあったので 言う事をきく事にした。

淋しく辛い日々を共感できる人々と寄り添って 日々を過ごした・・・・

(食)
桂氏の話の中で食について話す事があった。
なぜならば 普段 私が食事に行くお店と 桂氏が選択するお店の大きな違いが多いにあった。
若かった私には理解できなかったが  
1つだけ 互いに共感しあった食があった。
TBSに(グラナータ)というイタリアンレストランがあった 総料理長は落合さんと言う方で
その方が作る食が ビックリ仰天する程 美味しかった事だった

桂氏は いつも 落合君の料理は日本一で僕は凄く好きなんだ。と言っていた。
お目にかかった事はあったが お話をした事がなかったが
ケーキを一度 オーダーし 食すと 今までに食べてきたケーキがなんだったんだろうか?と思った程
最高級に美味しくて 人の手を借りて 5つホールを頼めた
あまりにも素晴らしく美味しかったので 5つのポールは母の故郷に運んだ程だった。
その話に 桂氏も とっても喜んで 共感し合った。
まったく別世界の食で生活していた仲だったが 落合氏の食に関しては 互いに興奮しあい
共感出来た 食だった。  落合 務氏。
現在は
LA BETTOLA da Ochiai ラ・ベットラ・ダ・オチアイ
〒104-0061 東京都中央区銀座1-21-2  まだ食した事がない。  いつの日か予約をしたいなぁ




先日 デンに似ている犬をみた。 桂氏の愛犬と似ていて 思い出を思い出した。ので書いている。

マイフェア―レディーには興味もない私。 色々ご意見もあるらしいけれど
私は私なのだった。


故桂氏になってから  人を通して オーナーなのだ。と知った時

人の器量の大きさ 豊かさ 優しさ 愛情 思いやり t.p.oについても 理解できた。

社会で それなりの立場の方々は それなりの器量が測られるのかな?とも思ったし
生活する中でも 思った。

これから私には 恐らく山あり 谷ありの生活が待ち構えているだろう 確実に。
 少しだけ経験してきた事や ブログを通して教えらた事 友の気持ちを大切にしながら
相棒の力を借りていこうと 思った。


桂洋二郎さん ありがとう!!  精神も心も豊かになりたいです。
by iomlove | 2013-04-29 21:45 | Trackback | Comments(16)