2015年 10月 24日 ( 1 )

横浜市青葉区 (こどもの国) イサムノグチ 編

こどもの国の出入り口を 右に行くと ポニーや牛 羊 動物がいて 

母の念願のソフトクリームを食べ 満足していた。

そこから 

イサム ノグチの作品は 左方面に向かわなければならないのだった・・・必死に歩く2人

歩いていると 色んな場所に 子供達が遊べる 遊具が色々ありました。

私が子供の頃 微かな記憶に残っていた 遊具
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この遊具が 私にとっての思い出で  現在も残っている事に感激しました
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こどもの国 

1959年(昭和34年)4月の皇太子殿下(現天皇陛下)のご結婚を記念して
全国から寄せられたお祝い金を基金に
1965年(昭和40年)5月5日のこどもの日に開園しました。
旧日本陸軍田奈弾薬庫補給廠跡の国有地が米軍から返還されたのを受けて
国費をはじめ多くの民間企業や団体・個人の協力で整備されました。
次世代を担うこどもの健全育成のための施設で、児童福祉法に基づく児童厚生施設です。



(無名戦士の記念碑)

三指の礼をするボーイスカウトの銅像とレリーフ、由来をつづった銅板。
弾薬庫跡の入口を利用して建てられました
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銅板のレリーフには日本兵と米兵の逸話が描かれています
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第2次大戦中、激戦の南洋諸島のある島でのお話。
重傷を負った1人の米兵が倒れていました。
そこへ剣付きの銃を持った日本兵が通りかかります。
気付いた米兵は「あっ、殺される」と思った瞬間、気を失ってしまいました。

しばらくして目覚めた米兵。もう日本兵はいません。
そばに落ちていた白い紙切れに気付き、何気なくポケットに入れます。
そのまま野戦救護所に担ぎ込まれ、一命を取り留めました。

その時拾った紙切れに、こんなことが書かれていました。

「君を刺そうとした時、君はぼくに三指の礼をした。
ぼくもボーイスカウトだった。ボーイスカウトは兄弟だ。君もぼくも兄弟だ。
それに戦闘力を失ったものを殺すことは許されない。
傷には包帯をしておいたよ。
グッドラック

戦後、この米兵は米国のボーイスカウト連盟本部を訪ね、この話を伝えました。

1952年、米国のスカウト本部の役員が来日した際、この話を日本側に伝えました。

米兵は本名を明かしていません。
日本兵は戦死したようです。
無名のスカウト戦士の間のできごとです。

この無名の日本兵の行動こそ日本の武士道精神、スカウト精神の結晶です。

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三指の礼とは、人差し指、中指、薬指だけを伸ばした敬礼の仕方です。
世界中のスカウトが共通して使っている独特のあいさつです。

52年にこの話が日本に伝えられた時、新聞に掲載され、大きな反響を呼びました。
この日本兵がだれなのか調べられましたが、
ついに分からずじまいで、戦死したのだろうと言われています。

無名戦士の記念碑は1966年5月5日、スカウト仲間の寄付金をもとに建てられました。
戦争の愚かさと
敵味方を超えた友情の気高さを若いスカウトたちに語り継ぎたいと、
ボーイスカウト日本連盟理事長だった久留島秀三郎氏(1888-1970)が中心になって、
募金を集めました。

久留島氏は財界出身で、
こどもの国の創設の際、
厚生省(当時)中央児童厚生施設特別委員会の委員長として活躍しました。

こどもの国の土地は戦後、
在日米軍に接収されていましたが、当初、米軍からの返事は「返還ノー」と強硬でした。
そこで久留島氏が米軍司令官と直談判した結果、
劇的などんでん返しが起き、「返還イエス」に変わりました。
その司令官もボーイスカウト出身で、
会談ではスカウトの話題に花が咲き、「返還の是非は再度検討する」との回答を得ました。
会談後、2人は互いに三指の礼をして別れました。
帰りの車中で久留島氏は「これで返ってくるな」とつぶやいたと伝えられています

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小さな滝から 川になっています
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子供達が この川をみたら どんな 遊びを想像するんだろう。
  ちょっと 童心になってみましたら 素足で歩いてみたくなったが やめました


そう思っていたら  バスが走ってきました。

乗っている子供達は とても元気に笑顔で 大きく手を振ってました。
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 私の後ろで 童心の様な顔をして 笑顔で大きく手をふる母がいました

 母は 地方へ行くと 電車の窓に向かって ハンカチを出し 手をふります。

 それは きっと 故郷を思い出して そうしているんだろうと思う私です。
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イサム ノグチの作品をみに 歩く 歩く・・・

とても 綺麗に手入れされている 木々の作品にさえみえました。
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木に沿って 歩いているんですが  右側が気になって 歩きたいが 
 ノグチ イサムを・・・
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もうすぐよ! っと母に告げて  歩け 歩くんだ母!! っと大袈裟かも。
  ちょいと母は足を骨折した後  かばって歩く癖が抜けないと言っていた。
なので
 ゆっくりと ドキドキしつつ ワクワク ソワソワしながら 歩きました。



ジャァ―ン!!  ノグチ イサム 【丸山】

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この日は平日で 皇后様のお誕生日でした。

そして 幼稚園の遠足にも出逢い

天使達が 思う存分に遊んでいる姿をみて

昔も現代も 同じ遊具で ノグチイサム作とは知らず

無邪気に遊んで (どうーーー??)って そりゃ もう最高に素敵でした!
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丸山という名前のとおり

丸い山 トンネルから ぞくぞくと 子供達は楽しそうな探検をしているみたいに出てきました
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幼稚園の専属カメラマンさんが 私に (何故 そんなに興奮して写真を撮っているの?)と
すると・・・
母が張り切って (娘が ノグチイサムのファンでね これが1つ目の作品なんですって)って

すると
カメラマンさんが 私に(作者について質問攻撃)喜んで説明をしました。
昭和の子供達が遊んだように 平成の子供達も このように遊んでいる姿は
子供達が大人になった時 とても素晴らしい記念の写真になるわね!って言ったら

カメラマンさんは とてもいい人なの。
1人 1人の記念の写真を撮り直すって言って 撮っていた。 感激しちゃった私

日常の世界にアートがあり 実際に触って 遊ぶ子供達
  愉快な発想や行動 豊かな遊びを純粋な気持ちなまま遊ぶ姿が
ノグチ イサムの作品と溶け合って 私は個人的に とても感動を憶えました。
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母が どうして石の上で 裸足で遊べるのかしら?? 痛くないのかしら?と言いながら
石を触って (あっ!どこどこの石だわ!きっと!)とか 石に詳しかったらしい母。
  安心ね。 この石だったら。って言ってた。 
私は囲碁に使われる石だと思ったんだけど・・詳細は調べていません。


カメラマンさんは毎年 遠足に来ているらしく 昨年には 看板がなかったんだ。って
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真剣に読んで 私に確認していました

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手前には あまり 子供達が居ないので 裏に回ってみたら


手招きするように 天使達は (みて!こう登るの!)って
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私は イサム ノグチの作品を目の前にして 思った。

その昔 昭和の頃 子供達が遊んだ遊具を現代にも残し
 平成の子供達が同じ 遊び方をしている姿をみて

作者 ノグチ イサムもさぞ 喜んでいることだろう。と思った。

ありがとう! 


少し 奥に進むと 小さな公園があります。

そこには 【オクテトラ】
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観ていても 絵になりそうな テトラ

誰も 遊んでいないので 
テトラのテッペンに私がたって 写真を撮って!と私が母にお願いした シラーン顔。

なんともノリが悪い母。 でも 何故か 笑顔だった・・・
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私が大満足している顔をしていると 母はなんだか 満足な笑顔をしている
 きっと
親は 子供が楽しんで満足したり 喜んで弾んでいる姿を観る事が嬉しいのだろうか?
もし そうだとしたら
そういう事も 親孝行かな?  違うかな?


続いては (エントランス通路)

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 エントランスを歩けばいいのに・・・ 外観ばかりに気がいってしまって
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どういう素材を使っているんだろうか?とか・・・
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昔のコンクリート素材と石垣  昭和の影がそこにあった 嬉しかったな。
  
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左側にみえる 緑の扉は 昔 トイレ。 現在は物入れらしい
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今となって 歩けば良かった・・・と思っている。 また行けばいいのだ!そうだ そうだ!

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これにて  ノグチ イサムの 3作品でした。


大満足していたら (帰るわよ~!!)っと母。
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      プールに現代的なトンネルをみちゃった。 驚いたなぁーー!

そして

110mのローラーすべり台
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どんどん!! 子供達が カメラマンに向かって滑ってくるので
  空き時間を


そして また歩くと
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タイヤ  こういう演出も好き


こういう ベンチも大好きだ
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そして

こういう 道も大好き!! しかし 母には苦手らしい 転びそうだからって。
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確か・・・  蟻地獄だったかな???

天使達は もう凄い勢いで 滑っていった・・・ 好奇心や冒険心や感受性が豊かなんだね
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皇太子記念の建物  
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ここから 丘を渡って 出口に向かった

出入り口の近くの広場には チョークが沢山あって
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とても 広い 地面には 沢山の絵が描かれていた。

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こどもの国は

約100haの雑木林を そのまま活かした自然の遊び場
皇太子殿下・美智子妃殿下(現 天皇皇后陛下)のご成婚に際し
国民から寄せられたお祝い金の使途について
(こどものために使ってほしい)とのご希望に沿って
1965年に開園した 


イサム ノグチ  こどもの国

こどもの国が開園した3ヵ月後の1965年8月
イサム・ノグチは米国から招かれ来日  こどもの国設計集団に参加しました。
著名な建築家、大谷幸夫氏とともに児童館エリア施設の設計を担い、
4ヵ月間、連日こどもの国を訪れ、精力的に構想を実現しました。

当時、イサム・ノグチは、
彫刻と遊具、広場の造形を一体にした楽園のような遊び場「プレイグラウンド」を構想していました。
その手始めが、こどもの国だったのです。


(水曜日 閉館) 


ありがとうございました。  


最後にですが  読んで頂けたらと思い リンクしました。

天皇皇后陛下が こどもたちの為にと。 涙が溢れるばかりです。




by iomlove | 2015-10-24 15:59 | Trackback | Comments(4)